気合が入らない日。ひとりで考え込んで、悶々としてしまう日。そんな日に読んでほしいのが、安岡正篤先生の『酔古堂剣掃(すいこどうけんすい)』です。
人生の選択について後悔したり、悶々と考えてしまうときがありました。そんなとき、たまたまこの本を読み直していて、「そういえば、こういうことが書いてあったな」と思い出したのが、この記事で紹介する一節です。
どんな本?
| 書名 | 酔古堂剣掃(すいこどうけんすい)「人間至宝の生き方」への箴言集 |
| 著者 | 安岡正篤 |
| 出版社 | PHP研究所(PHP文庫・2005年7月) |
| シリーズ | 安岡正篤 現代活学講話選集 5 |
「酔古堂」は、中国・明の時代の終わりごろの教養人、陸紹珩(りくしょうこう)の雅号です。「剣掃」は、彼が愛読した『史記』『漢書』など五十種以上の古典から選んだ名言を、剣で世間の邪気を掃らうように味わう、という意味だそうです。
その名言を、安岡先生が講話のかたちで解説したのがこの本です。「足るを知る」「山居の楽しみ」など、あくせくしがちな毎日を見直させてくれる言葉が並んでいます。
心に残った言葉①:嬾には臥すべし
ものうく、気合がかからないときは、ぐずぐずせず寝てしまえ。たわいもないことで時間をつぶしてフラフラするくらいなら、寝ろ――という言葉です。
自分の経験でも、こういうことは多々あって納得してしまいます。遊び終わって帰宅したあとや、仕事から帰ったあと、特にお酒を飲んだときは、考えがまとまらず、筆もほとんど進みません。
頭が働かないときは、うまく判断もできません。あきらめて、さっさと寝る。明日の朝にさっとやったほうが得なときもあります。
心に残った言葉②:静かには座すべし
静かで落ち着いたときには、静坐しろ。坐禅でもいい、とにかく坐れ。くだらないことを考えてはいけない、という言葉です。
ゆったりできるときほど、よくないことを考えたり、マイナス思考になったりしがちです。そんなときは坐禅でもして、心を落ち着けたほうが自分のためになりそうです。
心に残った言葉③:悶には対すべし、独なるべからず
人はとかく煩悶しがちだけれど、そんなときは「差し向かい」になれ。独りだと考え込んだり、まごまごしたりして、ろくなことはない。愛読書でもいい、尊敬する友でもいい、青い山でもいい――何か意義あるものに向き合え、という言葉です。
独りでいると、マイナス思考や不安な将来のことが浮かんでしまいます。疲れていたり、ストレスが溜まっていたりすると、なおさらです。
私の場合は、安岡先生の本(論語や東洋思想)に触れると、安心感を得ることができます。誰かに話を聞いてもらうだけでも、自分で気づきがあったり、ヒントをもらえたりして、冷静に考えられるようになります。
このことは悶々とするときは差し向かいになるでも書きました。
心に残った言葉④:名を成すは毎に窮苦の日にあり
「名を成すは毎に窮苦の日にあり。事を敗るは多くは志を得るの時に因る。」
成功は、苦しい日の修行の積み重ねで、やっと成る。反対に失敗は、たいていうまくいって得意になっているときに起きる――と安岡先生は解説しています。
自分の人生でも、ピンチや辛いことのあとに成功や成長があったことは大いにあります。そう考えると、ピンチや逆境も、成功に必要なものなのでしょうね。
本に出てくる、ゆかりの地へ
安岡先生がこの本の中で触れている、山形県・赤湯の結城豊太郎記念館に、一度足を運んだことがあります。結城豊太郎さんは、戦前に日本銀行の総裁や大蔵大臣などを務めた人です。少しでも安岡先生の雰囲気を感じられて、よかったです。
悶々とする人におすすめしたいこと
- 手軽にできる読書。できれば、論語や仏教、哲学のような真面目な内容の本がいいと思います
- 近所でもいいので、神社やお寺に参拝して心を落ち着かせる
- 自分なりの「差し向かいになれるもの・人」を見つけておく
まとめ
短くて、本当にいい言葉が並んだ本です。悶々とする日の、どなたかの一助になればうれしいです。
ほかの古典の記事は、私を救った東洋の古典|王陽明・安岡正篤・儒教と禅の言葉にまとめています。安岡先生の本の紹介は、『知命と立命』の書評もどうぞ。

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