こんにちは、Nくまです。
今回は、ゴッホの人生についてふと思い出したことをきっかけに、**「新しいことに挑戦するのに遅すぎることはないのかもしれない」**ということを考えてみました。
今日はそんなお話です。
掃除をしていたら思い出した一冊の本
この日は休日で、しかも少し暖かかったので、部屋の掃除や片付けをしていました。
そんな中で、ふと手に取ったのが『RANGE(レンジ)』という本です。日本語では「知識の幅」といった意味合いのタイトルで知られている本ですね。
読んだことがある方も多いかもしれませんが、これがなかなか面白い本なんです。
この本の中では、人生の可能性や、ひとつのことに絞りすぎないことの大切さについて、さまざまな事例を交えながら語られています。
ゴッホは37歳で亡くなっていた
その『RANGE』の中で、ゴッホの話が出てきます。
ゴッホは37歳で亡くなっているんですよね。
自分はすでに37歳を超えているので、それを知るとなんだか不思議な気持ちになります。
「もうそんな年齢を越えているのか」と、少し考えさせられました。
しかも本の中には、ゴッホが33歳のときに美術学校に通い直したものの、そこでうまくいかなかったという話も出てきます。
それでも、その後にあの独特の画風へとたどり着いていったわけです。
今のゴッホらしい画風になったのは35歳ごろらしい
「じゃあ、いわゆる“ゴッホらしい画風”が形になったのはいつ頃なんだろう?」
そんなことが気になって、さきほどChatGPTにも聞いてみたところ、35歳ごろとのことでした。
もちろん多少の前後はあるのかもしれませんが、少なくとも、私たちが思い浮かべるようなゴッホらしい表現は、かなり晩年に近い時期に確立されていったようです。
そう考えると驚きます。
35歳ごろから自分らしい表現にたどり着き、そこから数年のうちに人生を終えていた。
この事実は、なんとも言えない重みがあります。
35歳からでも、新しいことを始めていい
この話を知ると、あらためて思います。
35歳からでも、全然新しいことに取り組んでいいんだなと。
むしろ、いろいろなことに挑戦していく中で、
自分でも気づいていなかった新しい可能性や、得意な分野が見つかることもあるのかもしれません。
若いうちにすべてを決めなければいけないわけではなくて、
むしろ回り道をしたり、試行錯誤したりしながら見つけていくものもある。
ゴッホの話は、そんなことを考えるきっかけになりました。
「グリット」が強すぎることの弊害
『RANGE』の中で印象的だったのは、**グリット(やり抜く力)**が強すぎることにも、場合によっては弊害があるという話です。
グリットというと、一般的には
- 継続する力
- あきらめずに頑張る力
- ひとつのことをやり抜く力
といった意味で語られることが多いと思います。
もちろん、それ自体はとても大切なことです。
何かを積み重ねるには、継続の力は欠かせません。
ただ一方で、ひとつのことにこだわりすぎることで、自分に本当に合ったものを見つける機会を逃してしまうこともあるのかもしれません。
いろいろ試してみることにも意味がある
何かひとつに絞って頑張り続けるのも大事。
でも、それだけが正解ではないのだと思います。
ときには、
- いろいろなことに手を出してみる
- 興味のあることを少しずつ試してみる
- 違和感があれば方向を変えてみる
そうやって動いていく中で、自分に合ったもの、自分が本当に力を発揮できる場所が見つかることもあるのでしょうね。
ずっとひとつの道をまっすぐ進む人もいれば、
寄り道をしながら自分の道を見つける人もいる。
どちらが正しいというよりも、その人に合った見つけ方があるのだと思います。
自分の可能性は、まだこれからかもしれない
ゴッホの話をきっかけに、そんなことを考えました。
年齢を重ねると、つい「今さら新しいことを始めても…」と思ってしまうことがあります。
でも、ゴッホのように、後になってから自分らしい表現や可能性が開くこともあるのだと考えると、少し勇気が出ます。
まだまだ、自分の中にも気づいていない可能性があるのかもしれません。
そう思えるだけでも、こういう本に出会う意味は大きいですね。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
それではまた。

コメント